旅のガイドブックは、まっさきに料理の頁をひらくクチであった。
気がつけば、紀行記事を書くようになり、料理頁をつくる側にまわってしまった。
どんな辺境や近境にも、名物のひとつやふたつあって、
地元の人たちから、お国の料理自慢を聞くのは、仕事を超えて楽しいひとときでもある。
ノルウェーの名物料理といえば、なんといってもルーテフィスク(Lutefisk)でしょう。
ルーテフィスクはバカラオ(干鱈)を塩抜きして灰汁(アルカリ)に漬けこみ、
ゼリー状にしたものである。これを煮て、ジャガイモや豆のマッシュを付け合わせた、
ノルウェーを代表する伝統料理であり、僕の大好物でもある。
ところが、ノルウェー人に「美味しいですよね?」と聞くと、
多くの人が「ほんとうに?」という風な、やや怪訝そうな表情になり、
「最近の若い人はクリスマスなんかの記念日以外あまり食べないけど、
気に入ってもらえたなら良かった……」という風に、
謙虚気味に落ち着くのが解せないでいた。
僕が初めてルーテフィスクを食べたのは、ベルゲンにある伝統料理店であった。
「この世にこんな旨い料理があったとは!」と、
五臓六腑にしみわたり旅の疲れも吹っ飛んだ。 |
そしてこの料理、何かに似ていると直感した。
そうだ、おでんだ。それも関東煮の上質なやつ。
灰汁でもどして煮込んだ鱈は出汁たっぷり。
ゼリー状になっていて食感もどこか和風。
つけあわせのジャガイモまでもが、おでんに思えるから不思議である。
もっとも、独特のテクスチュアや鱈の出汁の旨味や滋味は、
ノルウェー人と日本人以外の
慣れない外国人には、苦手な味なのかも知れない。
そのバカラオ(干鱈)は、1070年に創設されたベルゲンの主要な輸出品であった。
バカラオの倉庫に使われていたカラフルな木造建築物が並ぶブリッゲン地区は、
1979年に世界遺産にも登録されている。ベルゲン観光のハイライトでもあろう。
もちろん、ルーテフィスクにもぜひトライしてほしい。
その時に、「和からし」を持参することを、こっそりおすすめしておこう。
ここだけの話、鱈につけるとめちゃくちゃ旨くなりますから。
後でお腹がふくれるので、食べ過ぎには充分にご注意を。
そういえば、お腹いっぱいなのを鱈腹というけど、この鱈はどこから来たのだろう。 |