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文=中村孝則 text by Takanori Nakamura 写真=堀裕二 photograph by Yuji Hori

 

ムンクの『叫び』がふたたび世界で雄叫びをあげている。
ノルウェー人の実業家が所有していた『叫び』が
2012年の5月にニューヨークのサザビーズの競売にかけられて
絵画落札市場最高額の1億1990万㌦(約96億円)で落札された。
『叫び』はムンクの代表作として有名だが、わかっているだけで4作品が存在し
オスロ国立美術館に1点、同じオスロのムンク美術館に3点が収蔵されている。
僕は、その4点すべてを見たことがあるが、どれも微妙にタッチが違っていて
それぞれ魅力があるが、個人的には雲の動きの輪廓がドラマティックな
ムンク美術館のリトグラフが好きなのであった。
落札された幻の『叫び』を、誰が落札したのかは秘密にされているが
仕舞い込んでいないで、はやいこと公開してほしいものである。
その一連の『叫び』が制作されたのは、いまから100年以上前の19世紀末。
一躍話題になったのは、1994年のことだった。
リレハンメルオリンピック開会式当日の1994年2月14日に
オスロ国立美術館所蔵の油彩画が盗難に遭ったのだ。
幸いにも2006年にオスロ市内で無事に発見されて、もとの場所に展示されている。

『叫び』と聞くと多くの人は
口に手を当てて“何かを叫んでいる”人物像を連想しがちであるが
本来は「自然の貫く叫び声の、あまりの大きさに耐えかねて、
耳を塞いでしまってる」自分自身であることを
ムンクは手記『紫の日記』で明かしている。
叫んでいるのでなく、叫ばれている絵なのだ。
ちなみに、モチーフになっている自然とは、オスロの海と空である。
この絵に象徴されるムンク作品は、しばしば「内面の葛藤」や「潜在意識」
「深層心理」あるいは形而上で語られることが多いのだけれど
個人的に彼の多くの作品をみて魅かれるのは
描かれたノルウェーの自然の美しさであった。
この写真は小誌編集長も兼任する堀裕二氏がノルウェーで撮影したものだが
「この雲のかたちは、ムンクの絵の背景みたいですね」という彼の一言にはっとした。
『叫び』の背景に渦巻く雲と同じだったからである。
『叫び』は、ムンクがノルウェーの大自然へ抱いた畏敬の念であり
静謐なオマージュでもあることを、あらためて確信したのであった。
するとますます、先ごろ落札された『叫び』にどんな雲が描かれているか
気になって仕方ないのである。