StyleNorwayWebMagazine 【スタイルノルウェー】

 

ノルウェーの風土と自然が織り込まれた音楽グリーグの世界を、辻井伸行さんと語りあう

The composer Edvard Grieg (1843-1907)
©Grieg-samlingen, Bergen Off. Bibliotek

ノルウェーを代表する作曲家エドヴァルド・グリーグは、
劇作家イプセン、画家ムンクと並んで、
世界で最も有名なノルウェー人のひとりです。
イプセンと同時代に生き、
この大劇作家の代表作『ペール・ギュント』の作曲も手がけ、
音楽史に大きな足跡を残しました。
光り輝く海、フィヨルド、森閑とした山々…など、
北欧の清涼な自然を想起させる音を紡いだグリーグの作品は、
ノルウェーを音で感じさせ、遥かな土地へと誘ってくれます。
“北欧のショパン”とも呼ばれるグリーグの世界を、
ピアニスト辻井伸行さんとともに訪ねましょう。

文=山岸みすず text & by Misuzu Yamagishi
写真=堀裕二 photograph by Yuji Hori

「人はまず人間であらねばならぬ」と語った隣人愛にあふれる音楽家

グリーグは1843年、ベルゲンの裕福な家庭に生まれました。母はピアニスト、父は魚を輸出する商人でイギリス領事も務めました。グリーグは5人兄弟の4番目として生まれ、幼少から音楽を愛し、母方の親戚であった高名な国際的ヴァイオリニスト、オーレ・ブルの勧めで、当時欧州で最も進歩的だったドイツのライプツィヒ音楽院に15歳で留学します。ここでシューマンに魅せられ、勉学に励み、自信をつけ、音楽家としての人生を歩み始めます。故郷のベルゲンより芸術家にとって刺激的なコペンハーゲンに住むことを決め、18歳で演奏会デビューを果たします。当時のヨーロッパの知識人や芸術家と同様、グリーグも20代前半でイタリアへ旅をし、ローマに滞在します。グリーグは南欧に魅せられ、その後何度もイタリアを訪れます。それは南欧の芸術と自然からラテンの気質と美を吸収し、北欧やゲルマンの合理的で冷静な気質、重厚さや思慮深さとの調和を図る旅でもありました。さらに、イタリアのオペラが民族音楽やナポリ民謡から高められたものであるように、ノルウェーの民族音楽を芸術音楽へと発展させることができるのはグリーグに他ならないと、オーレ・ブルに見込まれたための旅でもありました。最初のローマへの旅で若きグリーグはイタリア滞在中だったイプセンと出会い、後に戯曲「ペール・ギュント」を共作する間柄になります。1867年にはソプラノ歌手のニーナと結婚、妻のために歌曲を作曲し、夫妻での演奏会も盛んに行います。作曲家、指揮者、ピアニストとして多忙を極めながら、グリーグは生涯にわたって旅をし、住まいも転々としましたが、40代になってベルゲン近郊のトロルハウゲン(トロルの丘)と名付けた土地に家を建てます。その後22年間にわたってグリーグ夫妻の拠点となったこの地は、現在はエドヴァルド・グリーグ博物館として公開されています。生まれ育ったベルゲンの家はもうありませんが、ストランド通り208番地にはプレートが掲げられています。グリーグが生きた時代のノルウェーはスウェーデンからの独立のみならず、文化も解放された新時代。激動の時代にあってグリーグは進歩的な考えを持ち、慈善演奏会を頻繁に開き、音楽仲間を惜しみなく称えて励ますという人間愛にあふれた人でした。没後100年余、生誕から170年の時を経た今も、グリーグの音楽はノルウェーの風土とあたたかな芸術家の魂を感じさせてくれます。

*参考文献 『グリーグ その生涯と音楽』アーリング・ダール著/小林ひかり訳/音楽之友社

 

◎エドヴァルド・ハーゲルップ・グリーグ
Edvard Hagerup Grieg (1843-1907)

ノルウェーのベルゲンに生まれる。ヴァイオリニスト兼作曲家オーレ・ブルの勧めによりライプツィヒ音楽院へ15歳で留学。1867年、従姉妹で歌手のニーナ・ハーゲルップと結婚。娘アレクサンドラが生まれ、幸せの絶頂期に代表作の一つ「ピアノ協奏曲イ短調 op.16」を作曲。ピアニストとしても優れており、生涯を通じて国内外で演奏会が開かれた。現在のオスロに音楽院を設立し、ベルゲンのオーケストラの楽長も務めた。一方、作曲活動の中で、次第にノルウェーの民謡や伝承音楽の中に自分の音楽を求めるようになり、特に民族楽器ハーディングフェーレによる伝承曲をピアノ曲として昇華させた作品「スロッテル」のシリーズは芸術的価値が高い。自らの言葉「音楽家である前に、まず人間であるべきだ」の通り、正義感に溢れる人道的な人物であった。1907年、ベルゲンにて64歳で永眠。自邸トロルハウゲンの下の岩山に妻ニーナと共に眠っている。(日本グリーグ協会公式HPより)する決意をする。*イプセンはこの作品に関し、「野鴨は怪我をすると一気に水底まで沈んでいくが、この頑固な野鴨はくちばしを使ってまで何とか生きようとする」と語っています。人間はどれだけ「真実」に耐え得るのか、暗喩に満ちた象徴的写実の技巧で描かれた傑作です。

主な作品
●付随音楽「ペール・ギュント」
●ピアノ協奏曲 イ短調
●ピアノ抒情小品集
●ホルベルグ組曲(ホルベアの時代から)
●ノルウェー舞曲 ー4手連弾用―
●バラード ト短調
●スロッテル
●ピアノ・ソナタ
●ヴァイオリン・ソナタ 第1番~第3番
●チェロ・ソナタ
●弦楽四重奏曲
●歌曲「きみを愛す」
●四つの詩篇―バリトン独唱と合唱による―  他

辻井伸行さんインタビュー 北欧への憧れをつのらせるグリーグの音楽

本誌の堀編集長は写真家として、辻井さんのアーティストポートレイト、アルバムジャケットやツアーのドキュメントの撮影も手掛け、
昨年7月に行われたロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでの辻井さんの公演にも出向くなど、親交を深めてきました。
堀編集長を聞き手に、ミスター・スタイルノルウェーの中村孝則さんも交え、グリーグや旅について語り合いました。

 

  ピアニストであり、作曲家であり、子どもの頃からずっと音楽に没頭してきたことなど、辻井さんとグリーグには共通点も多いですね。コンサートでグリーグの楽曲を演奏されることもありますが、どんな感想をお持ちですか。
辻井 子どもの頃から北欧は憧れの地で、ずっと訪れたいと思っていました。まだ行ったことはないのですが、グリーグの作品を弾いていると、海や山や森といった僕なりに感じている北欧の情景が浮かびます。とくにピアノコンチェルトはそうですね。弾くたびにますます北欧に魅せられ、行ってみたいという想いが強くなります。
  さまざまな曲を演奏されていますが、曲によって寒さや暖かさなど、温度を感じることはありますか。
辻井 ありますね、言葉で表現するのは難しいのですが…それぞれの曲によって確かに感じます。
  グリーグが亡くなって100年余経ちますが、同じ音楽家としてこの時の流れをどう感じますか。
辻井 没後100年はクラシックの世界ではまだ新しい人ですね。グリーグはその前の時代のショパンやリストから影響を受けていると感じます。グリーグは若い時から作曲家として活躍し、25歳ですでに最初のピアノコンチェルトを書いています。どうしてこんなに素晴らしい曲を書けるのだろうと尊敬しますし、大いに刺激を受けます。僕も作曲を手掛けていますが、ショパンやグリーグのように100年、200年後も演奏されるような曲を書いていきたいですね。
  コンサートでも自作の曲を披露されていますね。
辻井 オリジナルの曲はお客様も喜んで下さるのでとても励みになります。作曲をしていて良かったと感じますし、今後はもっと作曲に取り組みたいと思っています。
中村 コンサートで国内外を頻繁に旅されていますが、旅はお好きですか。
辻井 日本でも海外でもさまざまな場所で演奏するのは楽しいし、旅はすごく好きですね。飛行機の中でも良く眠れ、食べ物の好き嫌いもなく、どこでも楽しめます。2013年冬から2014年春にかけては日本ツアー≪ショパン&リスト≫を行い、その合間に指揮者のゲルギエフさんに呼ばれ、ミラノのスカラ座で演奏するためにイタリアに行きました。旅先では美味しいものを食べて、お酒も楽しみますよ。ワインもシャンパンも好きです。
  国によって反応は異なりますか。著名な大指揮者のもとで演奏をするのってどんな気分でしょうか。
辻井 欧州と米国でもお客様の反応は違いますね。海外では、良いものは良いと正直に反応してくれます。どこで演奏しても、緊張するより楽しんでしまいますね、弾きはじめたら、どうってことないんです(笑)。
中村 多忙を極めていますが、オフの時は何をして過ごしていますか。
辻井 家でくつろいでTVを楽しんでいますが、ピアノの練習もしっかりしています。僕は何かを集中的にすることが好きなので、水泳ばかりしていることもあります。ツアーの最中でもジムやプールにはよく行きますし、身体を鍛えることも好きですね。
  今、一番関心のあることは何でしょう、出来れば理想の女性像や恋愛のことも含めて、教えてください。
辻井 忙しくてなかなか出会う機会がないのですが、恋愛はしたいですね。理想は優しくて心がきれいな女性。楽器を演奏しなくても、音楽が好きな人がいいですね。今後はもっと作曲に打ち込みたいし、北欧にも行ってみたいですね。
中村 辻井さんにはぜひ、ベルゲン近郊にあるグリーグの博物館に行っていただきたいですね。フィヨルドの見事な景観の中にあって、グリーグが作曲をした簡素な小屋も残されていて、グリーグファンにとっての聖地です。博物館には200人ほど入れるコンサートホールも併設されていて、ここで辻井さんの演奏を聴くことができたら最高だと思います。オスロにある世界最高のオペラハウスでも、いつかぜひコンサートを開いていただきたいですね。
辻井 僕は作曲家の暮らした場所を訪れるのが好きなので、グリーグの家にもぜひ行ってみたいですね。ノルウェーでのコンサートもいつか実現できたらと思っています。
  今後の活躍に大いに楽しみにしています。ノルウェーにぜひ一緒に行きましょうね。

 

セキスイハイムpresents

辻井伸行 with ヴァシリー・ペトレンコ & ロイヤル・リヴァプール・フィル

辻井伸行さんが更なる飛躍をめざし超絶技巧のラフマニノフに挑戦!2013年シリーズで、BBCフィルとチャイコフスキーのピアノコンチェルトを大成功させて勢いに乗る辻井さんが、今度はピアノ協奏曲の最高峰といわれるラフマニノフの傑作・第3番に挑戦します。そして、次代の巨匠と誉れ高いペトレンコが首席指揮者に就任した、創立175周年という名門ロイヤル・リヴァプール・フィルが初来日し共演します。世界がもっとも注目する指揮者とオーケストラ、そして辻井さんとの奇跡の共演は、大きな興奮と感動を呼び起こすことでしょう。

 

[ツアー・スケジュール]2015年1月22日(木)~1月30日(金)全8公演

●1月22日(木)14:00
[大宮]大宮ソニックシティ大ホール[A]
主催/エイベックス・クラシックス・インターナショナル
●1月23日(金)19:00
[横浜]横浜みなとみらいホール[B]
主催/エイベックス・クラシックス・インターナショナル
●1月24日(土)16:00
[滋賀]滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール[A]
主催/KEIBUN (しがぎん経済文化センター)
●1月25日(日)14:00
[大阪]フェスティバルホール[B]
主催/朝日放送
●1月27日(火)19:00
[東京]サントリーホール[B]
主催/エイベックス・クラシックス・インターナショナル
●1月28日(水)19:00
[東京]サントリーホール[A]
主催/エイベックス・クラシックス・インターナショナル
●1月29日(木)18:45
[名古屋]愛知県芸術劇場コンサートホール[A]
主催/東海テレビ
●1月30日(金)19:00
[福岡]アクロス福岡シンフォニーホール[A]
主催/九州朝日放送

公演プログラム
[A]プロ ショスタコーヴィチ : 祝典序曲(ロイヤル・リヴァプール・フィル創立175年記念演奏)
ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第3番[ピアノ : 辻井伸行]/ショスタコーヴィチ : 交響曲第10番
[B]プロ ストラヴィンスキー : 火の鳥(1919年組曲版)
プロコフィエフ: ピアノ協奏曲第3番[ピアノ : 辻井伸行]/ストラヴィンスキー:春の祭典

◎辻井 伸行(つじい・のぶゆき)

1988年東京生まれ。幼少よりピアノの才能に恵まれ、7歳で「全日本盲学生音楽コンクール」器楽部門ピアノの部第1位受賞。10歳でオーケストラと共演してデビュー。2009年に米国テキサス州で開催された「第13回ヴァン・クライヴァーン国際ピアノ・コンクール」で日本人初の優勝を果たし、日本を代表するピアニストとして国際的な活躍を続けている。アシュケナージ、ゲルギエフなど著名指揮者との共演でも華々しい成功を収め、国内外のツアーは高い人気を博している。11年11月にはカーネギー・ホールの招聘でリサイタルを行い絶賛され、13年7月にはイギリス最大の音楽祭「プロムス」に出演し、「歴史的成功」を収めた。エイベックス・クラシックスより継続的にCDを発表し、2度の日本ゴールドディスク大賞を受賞。作曲家としても注目され、映画《神様のカルテ》で「第21回日本映画批評家大賞」受賞。近況や公演スケジュールは辻井伸行オフィシャルウェブサイトでご確認ください。