中村孝則 Takanori Nakamura
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まるで草庵の茶室のような小さいグリーグの作曲小屋。
◎Edvard Grieg Museum エドヴァルド・グリーグ博物館 Troldhaugvegen 65, 5232 Paradis-Bergen, Norway |
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友人の作曲家K氏は、自分から電話をかけるのが苦手だという。会話そのものじゃなくて、電話の向こうの呼び出し音が嫌なんだそう。「何かのメロディにしている人いるでしょう。あれは迷惑だよね。突然、突拍子もないメロディが電子音で飛び込んでくると、一瞬で白けちゃってね」。同じような理由で、ご当地ソングの発車メロディを使う駅も嫌になるという。 博物館にあるグリーグの写真と彫像。獅子へアがトレードマーク。
都会の喧噪が嫌で引っ越したのかは分からないが、グリーグは若い時に故郷ベルゲンから刺激的な都会のコペンハーゲンに移り住んでいたが、40代になって再び故郷のベルゲンに戻ってきた。しかも、トロルの丘とよばれる、郊外の海沿いの静かなエリアに家を建て、その後22年間にわたり創作活動を続けている。その家は現在、グリーグの博物館として一般公開もされ、母屋は貴重な資料として往時のままの姿に保存されている。敷地内には小さなコンサートホールが増築され定期演奏会も行なわれるというが、僕が興味深かったのは母屋から100mほど離れた創作小屋だ。存在そのものが地味なのか、観光客もほとんどいない。この部屋も当時のままというが、8畳ほどの室内には木製のデスクとピアノと暖炉、仮眠のためだろうか、小さなソファ・ベッドがあるだけだった。明かりは、ピアノとデスクに配された蝋燭のみである。既に地位を築いた大作曲家にとっては、あまりにささやかなのだけれど、当時のグリーグにとって最も必要だったもの――ありあまる静寂がそこにはあった。窓に面した海は深い入り江の奥だから、波音もほとんど聞こえない。時おり海鳥の囁きがするだけである。グリーグは、ここに移り住んだころから、ノルウェーの民族音楽や民族楽器のメロディに傾倒していくようになり、以降も多くの名作を残している。この静寂が創造のミューズになっていることは、間違いないようだ。作曲家の友人Kにも、一度ここを訪れるように勧めている。本当は電車好きなのだから、電車でベルゲン駅まで来いと伝えることにした。まさかベルゲン駅がグリーグの発車メロディになることもないだろうから。 |