「シェフズ・テーブル」と題されたこのコーナーでは、 文=中村孝則 text by Takanori Nakamura 写真=堀裕二 photograph by Yuji Hori ◎間 光男(はざまみつお)
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TERAKOYAは、武蔵野の面影が残る武蔵小金井の一軒家レストラン。クラシックで優美な洋館とファサードは、まるでフランス郊外のシャトー・レストランといった趣です。広大な庭園には小川が流れ、4つの茶室に能舞台まで配されて、和の季節を彩ります。創業は1954年。フランスで洋画を学んだ初代の間 載一さんが、帰国後にアトリエ兼自宅で、フランス料理を教えたのが始まりです。現オーナー・シェフの間光男さんは、その三代目。幼少から食の世界に親しみ、ほぼ独学で独自のスタイルを洗練させてきました。2ヵ月に一度入れ替えるというメニュー。料理のアーカイブは3,000近いといいますが、中でもシェフにとっての十八番の食材のひとつが、自家製のスモーク・サーモンだそう。レストランの入口にある煉瓦作りの立派なスモーク小屋で、週に5本のペースでスモーク・サーモンを作り続けています。薫製作りの研究は初代からはじまり、改良を重ね続けて今に至るというシェフ。白眉は温度を上げないまま煙で5時間燻し続ける“冷薫製”にあります。「薪の熱をサーモンに影響させず、煙だけで燻す様に工夫をしています」。巨大な暖炉のような薫製室は、美観やデザインのためではなく煙の温度を上げないための構造と、苦笑いする間シェフ。冷薫製にするには、新鮮なサーモンを使うのが信条。シェフはノルウェーのサーモンにこだわり続けているそうです。今回の一皿も、生のサーモンをスモークした後に塊でポワレ。その後、中心部だけ切り出すという3段階の手法が用いられています。「生のようにしっとり柔らかく、ほんのり温かい」しかし「火に触れ燻された、野趣溢れるサーモンの美味しさ」も表現したかったという間シェフ。サーモンのフォンとアクアビットのクリームソースもノルウェーの風味を感じます。ガラスの上は、フィヨルドの海辺をイメージして、グリッシーニで作った流木や海藻、砂や泡が飾られます。もちろん全て美味しく食べられます。この一皿で「北欧の浜辺を旅してほしい」といいます。ちなみに、右上の小さい丸い器は「フヌイユの氷頭なます」です。氷頭なますとは鮭の頭の軟骨部分のなます。北海道や東北の郷土料理です。米酢だけなくホワイトバルサミコを使って香り高く仕上げています。日本の風土の味もさり気なく盛り込むあたりは間シェフの真骨頂。一皿の中の薫香に、短い北の秋の潮騒を感じるのでした。 |